2012年4月19日木曜日

過去アーカイヴ「毒とセンチメンタル」



~夏終わりの夕暮れ~ 

妙子の家の炊事場では、まな板を鳴らし母親が胡瓜を切っている。 
市内から外れた市営団地の2階にあるその家は、 
母と妙子、まだ小学校低学年の弟とが3人で暮らしている。 
妙子の携帯が鳴る。茶の間で「ヤンボーマーボー天気予報」を 
眺めている弟は、ビックリして振り返る。 
奥の部屋で化粧をしていた妙子はピアスをしながら 
茶の間で充電していた電話を取った。 

「もしもしー。準備できとるー?」 
遊び仲間のユリからだった。 
「今日のパーティー!超たのしそー!先輩とか卓也も来るって! 
 オールでいけるー?」 
妙子は急いで支度を進める。今、腕にはめたシャネルの腕時計は 
出会い系援助のオヤジを騙して買った物。 
でも、本当はニセモノだという事を妙子は知らない。 

「御飯はいいだか…?」 
毎度のことに力なく尋ねる母。 
「いらない」 
目も合わさずに答える妙子。 
「超たのしーことしたい」 
夏ならば、その気持ちだけで次の瞬間には家を飛び出ていた。 
しかし、窓の隙間から吹き込む秋風が、妙子の視線を変えた。 

母は何も言わず、妙子の為に用意した焼きサンマにサランラップを 
かけている。母のカーディガンは毛玉がたくさんあった。 
何年も服を買っていないのだろう。 
学校でイジメに遭っている弟は、プラスチックの箸で夕飯を 
食べている。片方の耳が少しくぼんでいるのは、弟がまだ 
小さい頃、だっこしていた妙子が、過って落としてしまった時に 
ポットにぶつけて怪我をしたから。 
そんな、いつもと変わりない風景を一瞬眺めた妙子。胸の奥が 
なぜか、切なく締め付けられた。なんだか、自分がとっても悪いコに 
なった気がした。そして、自分がとてもちっぽけに思えた。 

弟が落とした胡瓜を拾って食べた。母が小さな咳をした。 
妙子は泣きそうになった。 
今日は出かけまい。そう思ったが、団地下まで迎えに来た車が 
何度もクラクションを鳴らす。 
そして、結局、出かけてしまう自分に嫌悪感を持つ。 
車内では卓也が、オヤジを拉致って恐喝したときの話を自慢げに 
話す。 
この環境も自分も、すべてが嫌になった。今までは楽しかった 
けど私はずっとこんな風に生きるのか。 
多分そうなんだ。今までの自分を巻き戻して、最初から 
始めれないか?もうダメなんだ。今からじゃ、もう、どうしようも 
ないんだし、私はずっとこんなヤツなんだから…。 
自分はダメなんだ。もう、どーでもいーじゃん。 

妙子は自分自身を傷つけるように言い聞かせた。 
「もう、どうでもいいや…」 
ユリの持ってた錠剤を何錠も奥歯で噛む。お酒でそれを流しこむ。 
車が海につく。知らないバカが何人もいた。 
でも、それもどーでもいいこと。 

無意味にはしゃいだ。あとは覚えてない。気がついたときは 
誰もいない岩場だった。服は脱がされ、頭から血がたくさん 
流れていた。 
秋の星座がキレイだった。薄れゆく意識の中で、妙子は呟いた。 

「ご飯…食べてあげれば、よかったな…。お母さんゴメンね」 
妙子16の秋だった。 


こういうことを思う夜もあります。 
自分でも、理由も意味もありません。 
ただただ、思うときがあるのです。 



3年前のmixi日記に書いたこれ読み返した
たまには焼き回すんすよ
いやヤキ回るんスよ

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